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2011年 07月 30日
真の肉丼
新宿区西新宿1-15-3 オムニクスビル1F
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一週間ぐらい前のロケニューに、
東京チカラめしの記事が出ておりました。

“「シェフを呼んでいただきたい。礼がしたい」
 と言いたくなるほど美味しい牛丼レストランが開店した。”

と、大仰にその記事は始まっていて、

“その美味しさたるや、「この肉だけで大盛りご飯3杯はイケル!」というレベル。
 牛肉はほどよい薄さをしており、従来の牛丼よりは厚く、焼肉の肉より薄い。
 牛肉もさることながら、タレの美味しさに驚いたのも事実。甘すぎず、しょっぱすぎず、
 そして牛肉が焼けた食欲を増幅させる香ばしい匂いがタマラナイ!”

吉野家系のファーストフード店なのですがとにかく褒め方が尋常じゃなく、
普段はこの手の記事に興味をそそられてもあまり実際に出向くことはない私も、
これはちょっと行っておかなければ!という使命感に駆り立てられました。
まんまと。

感想はというと、
シェフは呼ばなくてもいいけど、安くて美味しかったです。
もう行かないかもしれないしまた行くかもしれません。そんな感じ。
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by yo54321yo54321 | 2011-07-30 14:41
2011年 07月 30日
新宿エイサー!
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エイサーとは沖縄の盆踊りです。

お盆に下界に降りてきた先祖の霊がなかなか帰らないので、
太鼓を叩いて脅かし、再びあの世へと送り出したのがエイサーの成り立ちなんだとか。
私だったら、太鼓叩いて踊られたりなんかしたら、
あの世に戻るどころか一緒にいつまでも踊っていたがると思うけど。
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天気予報は雨でしたが夏っぽく晴れて、
新宿のあちこちで沖縄のリズムが響いてました。

私は高円寺の阿波踊りみたいに練り歩くタイプのお祭りかな?と思っていましたが、
ステージがいくつか設置されていて、そこで各グループが踊っており、
どこも結構な人だかりでした。
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シーサーなのかなんなのかよくわかりませんが、
途中でやたらに大きな動物の出現。
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アグレッシブに観客に絡んできます。

この後、通りのあちら側に見える緑の帽子をかぶったちびっ子達に絡んで子供たち大泣き、
という可愛らしいハプニングもあり、
見ている私はほのぼのとした心持ちでしたが、
もしかして今夜あたり悪夢にうなされてひどい夜泣きをしているかもしれません。
かわいそうに。


この日新宿では薬屋も靴屋も電気屋もどこもかしこも、
「エイサー記念」みたいな口実でセールが催されておりました。
エイサー全然関係ないがな!
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by yo54321yo54321 | 2011-07-30 13:36 | 日記
2011年 07月 29日
とおり雨がコンクリートを
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金曜日なので今週もまたちょっと信じられないくらい先輩に迷惑をかけて、
妊娠中なのにあまりイライラさせては胎教に悪いのではないか・・・
などと、先輩のお腹内部の赤ちゃんにまで申し訳ない気持ちでいっぱいになり、
とぼとぼと家に帰るとそこにはヒロがいて、
ご飯を作って待っていてくれました。

思いがけなかったぶんも合わさってすごく嬉しかったです。
一気に疲れが吹き飛びました。

私はというと今週は彼から、「内定決まったよ」との念願の報告があったので、
(9つ学年が下の彼は、就職活動の真っ只中です。)
お祝いをしようと思い帰り道にシーゲスクランツでケーキを買って帰りました。
お誕生日用のプレートを裏返してチョコペンでメッセージを書いてもらい、
ホールのケーキをバッグの中に隠すのは非常に困難でしたが、
ばれないようにぎゅうぎゅうに押し込んで持って帰り、食後に食べました。

おめでとう、と、ありがとう。
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とおり雨がコンクリートを染めてゆくのさ
僕らの心の中へも侵みこむようさ
この通りの向こう側 水をはねて誰か走る

夕方に簡単に雨が上がったその後で
お茶でも飲みに行こうなんて電話をかけて
駅からの道を行く 君の住む部屋へと急ぐ

いつだって可笑しいほど誰もが誰か 愛し愛されて生きるのさ
それだけがただ僕らを悩める時にも 未来の世界へ連れてく

ナーンにも見えない夜空仰向けで見てた
そっと手をのばせば僕らは手をつなげたさ
けどそんな時はすぎて 大人になりずいぶん経つ

ふてくされてばかりの10代をすぎ 分別もついて歳をとり
夢から夢といつも醒めぬまま僕らは未来の世界へ駆けてく

月が輝く夜空が待ってる夕べさ
突然ほんのちょっと誰かに会いたくなるのさ
そんな言い訳を用意して 君の住む部屋へと急ぐ

10年前の僕らは胸をいためて「いとしのエリー」なんて聴いてた
ふぞろいな心はまだいまでも僕らをやるせなく悩ませるのさ

まぶしげにきっと彼女はまつげをふせて
ほんのちょっと息をきらして 走って降りてくる
大きな川を渡る橋が見える場所を歩く
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by yo54321yo54321 | 2011-07-29 13:00 | 日記
2011年 07月 29日
青いパン屋さん
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7月に入ってからはほぼ毎日お弁当をこしらえてましたが、
昨日の夜、実はなかなか眠れず、したがって今朝もやや寝坊気味で、
お弁当を作る気力がなかったので断念することにしました。


ちなみに昨日寝付けなかった原因は完全にコーヒーです。
夜9時以降に飲んだら目が冴えてしまうことを忘れてました。

(たまに、カフェイン体調に影響ないって人に会いますが、
 まったくうらやましい限りです。)

最初はなぜ寝れないのかわからなくて、
寝よう寝ようと頑張ってみたものの、
あ、そうだ。
コーヒー飲んだんだ!と思い当たったので観念して4時くらいまで読書してました。


今日はお弁当の代わりに会社の近所のパン屋さんに行って、
野菜のサンドと砂糖のいっぱいまぶされた揚げパンを購入。

昔懐かしい感じの、こじんまりと青い屋根のその店内では、
おばちゃん達が3人集まってわいわいパン屋さんをしていました。


私にとってとても不思議なことは、
街のパン屋さんで買った野菜サンドは、
ちゃんと街のパン屋さんの野菜サンドの味がするということです。
揚げパンもしかり。


どれがどれより優れており、美味しいとか美味しくないとかそういう問題ではなくて、

コンビニエンスストアやスーパーマーケットで売っているパンとも、
ヴィドフランスだとかサンジェルマンだとかのチェーンのパン屋さんとも、
ドゥ マゴ パリやメゾンカイザーみたいなデパ地下のベーカリーとも、
週末に自分ちでつくったホットドッグやサンドイッチとも、
全然違う味をしているのです、街のパン屋さんのパンは。

なんというかとても独特に、
街のパン屋さんのパンの味でした。
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by yo54321yo54321 | 2011-07-29 12:26 | 日記
2011年 07月 28日
カフェPARK
東京都渋谷区恵比寿西1丁目21−15
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野菜を食べに行きました。
今日は恵比寿でマユとご飯。

天井の高い大きな空間に、ゆったりソファなんかが置かれていて、
淡々と仕事をこなすサーバーさんの風貌は、
我らが友人ジェイムスの描く世界でした。(参考
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噂のお野菜はなるほどどれも美味しく、
いろんなハーブのおかげで芳醇な味わいでした。
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満腹だったけれどケーキとカフェオレもぺろりといただき、
ついでにカフェオレとカフェラテについて考察。
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仕事の話をしているといつも、
マユの働きっぷりには感心します。

美しい彼女にはセーシュンを謳歌して欲しいし、
過労気味な生活を心配に思うけれど、
きっと与えられた仕事に一生懸命取り組んでいるから、
また次の仕事がどんどん彼女のところに集まってくるのでしょう。

無理せず、仕事とうまく付き合ってね。と願ってやみません。
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お喋りを続けながら、朝の電車で読んだ本の言葉が頭をよぎっていました。

横尾忠則の対談集です。
もう10年ぐらい前に出版されたものだけど、なんとなく気になって手に取りました。
井上陽水、篠山紀信、引田天功、ビートたけしなど総勢15名と対談しています。

一番面白かったのは、マラソンの増田明美さんの回でした。
でも読んでいて一番共感したのは、吉本ばななの回でした。

そしてマユと話してる時に少し思い出したのも、吉本ばななの言葉です。

彼女は、心とからだ、ということについて語っていました。
その語りに横尾忠則も応じていわく、

“心のいうことに従ってると、ろくなことないということに気がついたんですよ。いろんなことで迷い続けていて、自分が自分を振り回してる。その根源を考えたら、どうも心とか精神とかなんですよ。まあ、自我とか自意識とかに振り回されてることが多い。
一般には体を心に従わせようとするけど、それは違うんですよ。体に心を従わせていかないと。今の社会は心を優先してるんですよ。心はなんぼでも嘘つくし、迷ってるし、優柔不断だし。その点、体は正直だから。”

体ほど正直なものはない。
体に従うことは、魂に従うことだ、と彼は続けます。
体がもってる信号とか、言葉とか、声とか、
それに従って生きると楽でしょう、って。

心というのは社会に属しているから、
上手に自分をだましてしまう、とのことです。
わかるわかる。

例えば 「心頭滅却すれば火もまた涼し」 なんて言って、
我慢してみたり、強がってみたり、理想の自分になろうとしたり。
でも体は絶対に嘘がつけなくて、
暑ければたくさん汗をかくし、目まいもするし、
寒ければ寒いで、
弱音は吐くまい!と、「全然寒くないよ」なんて言ってみても、
鳥肌が立ったり、唇が紫色になったりします。


それからまた、悲しいとか寂しいとか絶望とかそういう気分の時に、
ネガティブな自分になってしまうのがとても嫌で、
「大丈夫大丈夫、たららー♪」
などと友達の前では声に出してみるものの、

ぐんぐん食欲は減って何も食べたくなくなるし、
ニキビは出来るし、夜は眠れないし、
心は強がろうとしても、
体は正直に落ち込みます。


結論のようなものとして彼らは対談の中で、
魂というのはつまり心ではなく、体に宿っている、と言います。


それで私は何を思ったのかというと、

だからと言って体にだけ従っていたらまともな社会生活なんて送れません。
嫌でも気分がのらなくても働かなきゃいけない日もあれば、
泣きたくても笑わなきゃいけない日もあります。

吉本ばななぐらいの成功者になると、

私は自分を大事にしているので、
毎日は仕事をしません。

というような内容のことをしれっと言えちゃうみたいだけど、
一般人にはそんなの無理なお話です。

かといってやはりカラダ発信の危険信号を無視して、
闇雲に元気ぶったり、頑張り過ぎたりするのもよくないし、

私達はそうやって、
“ちょうど良いところのちょっと上”、ぐらいをどこかに設定し、そこを目指し、
日々邁進してゆくのです。


以上、今日食べたもの、今日読んだ本、今日会った友達、今日考えたこと。
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by yo54321yo54321 | 2011-07-28 23:53
2011年 07月 27日
寄り道
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『まりちゃんズ』
というバンドの名前を、
わけあってものすごく久しぶりに思い出して頭の中で歌いながら帰って来たんだけど、
よくよく考えたら私が歌っていたのはまりちゃんズの歌ではなくて、
あれでした。
モダンチョキチョキズ。
間違えた。

♪ あったまが じゃんぐるぐるぐるぐる・・・・・ だっよーん ♪♪

って、ポテトチップスかなんかのCMでしたね、確か。

ほんとうのまりちゃんズはこっちです。



尾崎んちのばばあ、中学の時にお昼の校内放送で流れて衝撃的でした。
またたくまに全校生徒の支持を(おそらく)得て、
その後何日も何日も、尾崎んちのばばあは繰り返し流されていました。

そのうちばばあがいつの間にか92から93歳になった続編にも夢中になり、
『ブスにもブスの生き方がある』 を男子たちが嬉々として歌い始め、
これは、“ ブスよあなたはいるだけで みんなに迷惑かけている ”
などとしゃあしゃあ歌い始められるものの、
最後まで聞いているとなぜか励まされたような気分になるという、
大変けったいな歌でした。

いっとき私の周りのみんなが心酔していたのにまたすごい勢いで全校の熱が冷め、
今まであまり思い出すこともありませんでした。

品が良いとはお世辞にも言えないけれども、
くだらない、罪のない、ほどほどに愛すべきコミックバンドでした。

尾崎んちのばばあはその後、どうなったのでしょうか。


さて会社の帰りに、先輩とご飯を食べました。
新宿で、グリーンカレー。
からの立ち飲み屋。人生初!

ふたりでご飯、なーんてもちろん初めてだったので話は尽きず、
6時半に新橋を出て軽く食べて帰るつもりが、
結局家に着いた時には11時を回っていました。

彼女の行きつけの立ち飲み屋さんにまでついていき、
いろんな店員さんに声をかけられる常連っぷりに感服し、
なにかとお喋りができてとてもとても良い夜でした。
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by yo54321yo54321 | 2011-07-27 08:03 | 日記
2011年 07月 26日
BILDUNGS
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終業1時間ぐらい前からむしょうにヨーグルトが食べたくて、
家に帰るやいなやごく軽い夕飯を作ってささっとたいらげ、
それから冷蔵庫に残ってたプレーンのヨーグルトにイチゴをどっさり入れていただきました。
まるでこちらがメインディッシュでもあるかのように。

おいしー!!

よく冷えたたっぷりのイチゴヨーグルトの中に、
今日の私に必要なものがすべて入っていたような、
そんなパーフェクトな気分になりました。


日記のタイトルは、「教養」という意味のドイツ語なんだそうです。

昔ちょっと好きだった作家の一人に福田和也という人がいて、
図書館で久しぶりに名前を見つけ、未読の本があったので借りてきました。
今日電車の中で読みながら、
どうしてあの頃の自分はこの人の作品を気に入ってたんだろう???
と首をかしげてしまうぐらい、くどくて魅力のない文章に感じました。

でも中に数ページ、ふむふむと思う箇所があって、
そこでは「教養」というものについて述べられていました。


話は、なぜ我々は「古典」を学ぶのか、というところから始まります。

古典を学んでも、実際的な側面においては何の役にも立たない。
ではなぜそんな無駄なことを行うのかというと、
“それは、人間性を涵養するため” とのことです。

といっても、これは故人の言葉や思想に触れることを指しているのではなくて、
“大事にされたのは、こうした古代の遠さ” なんだそうです。
古代の生活は、現実社会から遠いものです。
今の私達の生活、利害、関心からは無関係の時代の人々を理解しようとすること、
つまり、まったく無縁の他者を理解しようとすること、

“自分と隔絶した他者を理解しようと徹底的に努力をすることにこそ、
 人間の人間としての力、つまりは利害、欲望、本能を超えた人間性の力があると彼らは考えたのです。
 この、自分とまったく違う時代、文明のなかにいる他者を理解する能力を、
 当時のドイツ人は「教養」とよびました。”

と、書かれています。
このドイツ語の「BILDUNGS」は、英語で言えば「BECOMING」になり、
“つまりは自分を人間として形成する、
 自分を自分として作り上げるということです。

 そして、人間が人間になるということは、すなわち他者を理解できるということ、
 少なくとも他者を懸命に理解しようとする努力を続ける意志をもっているということなのです。”

引用が長くなりましたが、そんな風に書かれていました。
私はそれに完全に納得したわけではなかったんだけど、
でも、このことはよく覚えておいて、今度ゆっくり考えてみよう。
という気分にさせられました。

それからゲーテも彼の作品の中で「教養」を定義して、
“自分になるという目的以外の目的をもたない” ものとしているんだそうです。

古典を通じて、過去の時代の人々を理解しようと試み、
さらにそこから、自分自身の人間性を形成していくこと。
“こうした教養教育の中心として、
 近代ヨーロッパでは、古典教育がずっと重視されてきたのです。”

日本における古典とはまた違うと思うけど、
いくつもの意味で興味深いお話でした。

まぁ個人的に着目すべきは、
全250ページ中、「へー」 と思ったのがその3,4ページしかなかった、
ってところなのですが。
・・・ほんとに一時は尊敬する作家だったのにな。

ひとって変わるものですねー!!



では本日の読書メモ。


もしきみが幸運にも
青年時代にパリに住んだとすれば
きみが残りの人生をどこで過そうとも
パリはきみについてまわる
なぜならパリは
移動祝祭日だからだ



美しいひとよ、私はあなたに出会った。そして、今、あなたは私のものだ。あなたがだれを待っているにせよ、また私がもう二度と、あなたに会えないとしても、と私は考えた。あなたは私のものだ。全パリも私のものだ。そして、この私はこのノートブックとこの鉛筆のものだ。

『移動祝祭日』 A. ヘミングウェイ


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by yo54321yo54321 | 2011-07-26 21:34 | 読書
2011年 07月 25日
日本人の4人に1人は頭痛もち
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つい一昨日夏風邪をひいたと日記に書き、
昨日の日記では元気に回復したはずが、
今日は今日とて偏頭痛に悩まされております。

頭痛持ちってわけでは恐らくないんだけど、
毎月2回ぐらい、ものすごーく頭が痛くなります。
前の前の職場の先輩によると、低気圧と関係があるとかないとか。
・・・詳しい原因はわかりません。

さっき頭痛のお薬を飲んだので、
じきによくなることでしょう。

前の職場の同僚によると、薬はさっさと飲んだ方がいいんだそうです。
私はついつい、
「自分で我慢できるところまでは我慢しよう、
 もうどうしても駄目になったら薬に頼ろう」
と無駄に頑張ってしまうのですが、

病院勤務の経験がある、その元同僚いわく、
「なるべく薬は飲まない。なんて素人くさいこと言ってないで、痛くなったらすぐ飲みな!」
とのこと。

そんな彼女の教えにのっとり、
さっき夕飯を食べてすぐにちゃんと頭痛薬を飲んで、
今は効き目が現れるのを待って安静にしているところです。


本日読了した本からいくつか。


彼女にとっては、幸福の定義はきわめて簡単である。なぜなら幸福とはジョーという名で表されているものごとに過ぎないからだ。ジョーという一人の男のあり方が、すなわち幸福というものごとのあり方だからだ。それは隠喩でもなく、直喩でもなく、類比でもなく、象徴でもなく、言い換えでもなく、逆説でもない。幸福とジョーは、実に単純に同質・同価のものとして目の前にある。とてもわかりやすい。でもそのぶん、あるときにはたまらなく切なく、そしてつらそうである。
あなたはそういうシンプルで、わかりやすい愛を経験したことがありますか?



エルヴィス・プレスリーにとってのハワイが、架空の楽園としてのハワイでしかなかったのと同じように。僕らの人生にはそういう憧憬がどうしても必要なのだ。「ここではないどこか」に行けば「ここにはない何か」があるというあてのない幻想がなかったら、僕らの人生はとかくぎすぎすしたものになってしまう。



ランディ・ニューマンは大都会の片隅の光景がとてもよく似合う人である。そこではシニシズムが時として逆説的ないたわりとなり、習慣的絶望が時として癒しとなるのだ。



それはもう幻想の世界だ。そんなものはもうどこにも存在しない。しかし彼がみつけた恋人は、彼をもう一度そんな世界に連れ戻してくれる。
この曲が作られたのが1968年であることを思い起こしていただきたい。暴動とヴェトナム戦争とドラッグ文化まっただ中の時代である。そう、人にはつねにおとぎ話が必要なのだ。リアリティーなんて、いつだってつまらないものなのだから。


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by yo54321yo54321 | 2011-07-25 20:42 | 読書
2011年 07月 24日
キッチンから
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昨日は鼻水を垂れ流しながら横になって、
久しぶりに 『紅の豚』 を観賞しました。
大人になった今観ると、以前にも増してこの映画の良さがわかるような気がしました。
ナウシカやラピュタへの愛は無論揺るぎませんが、
豚もかなりすごい映画じゃないか!と、今さらながら思います。

朝になると風邪は治っていて、
かわりにお腹がぺこぺこだったのでシリアルを食べました。

昨日行った業務用スーパーで1箱75円だったやつです。
安いー。美味しいー。


でもって唐突に、ポテトチップス作りを始めた日曜の朝。

こないだ姉ん家のキッチン掃除に立ち会った際、
義兄から塩をいただきました。
高血圧だから塩分を控えねばならないんですって。

いろんな種類の塩のセットで、
今日はこれを輪切りにしたじゃがいもに振りかけてみました。

市販のポテトチップスはもちろん好きだけど、
手作りの方がヘルシーだし、ぱりぱりとした歯ごたえで、
ちょっとハマりそうな美味しさでした。
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アンデス紅塩(岩塩ボリビア共和国)
焼肉塩(岩塩・乾燥ガーリック・陳皮・唐辛子・青のり・黒ゴマ)
てんぷら塩(焼塩・岩塩・しょうが)
白ごはん塩(焼塩・しそ・いわし)
さんしょう塩(岩塩・さんしょう)
インカ天空塩(かん水塩ペルー共和国)
ヒマラヤ黒岩塩(岩塩パキスタン)
竹焼塩(海水塩)
わさび塩(岩塩・わさび)
まっちゃ塩(岩塩・抹茶)


ちなみに今日は 『崖の上のポニョ』 を初めて観たのですが、
豚とは打って変わって、
まったく心に響きませんでした・・・。
作品の良し悪しというか、まぁ好みの問題なんでしょうけど。

映画においてメッセージをこういう形でメタファーにする意味はなんなのか。
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by yo54321yo54321 | 2011-07-24 23:18 | 日記
2011年 07月 23日
夏風邪
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図書館に行ったり大きなスーパーマーケットまで足を伸ばしたり、
なんだかんだしてたらどうも悪寒がしてきて、
夏風邪をひいてしまったようです。

くしゃみと鼻水が止まりません。

ヒロがチャーハンを作ってくれて、ぺろりとたいらげたら少し回復しました。
ありがとう。

彼の作るチャーハンにはたっぷりセロリが入っていて、
バンクーバーで初めて食べた時からすごく好きです。
彼のルームメイトだったフィジー出身の女性も手放しで褒め称えていた、
みんなに愛されるセロリチャーハンなのです。


では薬を飲んで、さっさと寝るとしましょう。
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by yo54321yo54321 | 2011-07-23 23:04 | 日記