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2014年 11月 30日
棄権
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本日、東京競馬場でジャパンカップが開催されます。

大きなG1になると“開門ダッシュ”をしないと良い場所が取れないとか、
徹夜組が出るとか、主人から聞いて初めて知った時、まるでディズニーランドだと思いました。
違いは、並んでいるのがほとんどおじさんで全体的に茶色いことですが、
中には大学生らしき子たちがワイワイがやがやしていたりもします。
男の子が女の子から「どの馬がいいのかなー」だの「馬券の買い方がわからない」だの聞かれて、
こんなの簡単だよーなどと教えている姿なんて、すごく微笑ましいです。

主人は朝早くに大きなブルーシートを持って出走し、
私はメインレースが始まるくらいに行くね、着いたら連絡するよ、
と送り出したもののまたしても頭痛に襲われてしまいました。

前から頭痛持ちだったけど、最近頻度が高いです。
年のせいかな。

まだ8時だったので二度寝をして様子を見ましたが良くなる気配がなくて、
結局今日のJCはやめておきました。
久しぶりに行きたかったんだけど、残念。


主人が先輩の結婚式をハシゴして頂いたケーキがあったので、
それをもそもそと食べながら、今日もビオラを弾いておりました。

明日は月初で忙しいから、よくなっているといいな。今夜は早く寝よう。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-30 21:28 | 日記
2014年 11月 29日
33小節目
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今月中に投函しなくちゃいけなかった封筒を職場の引き出しにしまったままだったのを思い出して、
寒い中、そのためだけに会社へ行きました。
午後からオケの練習だからビオラを背負っているというのに、
冷たい雨が降ってきて踏んだり蹴ったりです。

移動中にぼーっと考え事をしながら、
「美しい花がある。花の美しさといふ様なものはない」
という小林秀雄の有名な言葉を思い出していたのには理由があって、
彼の真意を汲み取れているのかは甚だ謎なんだけど、
まさにそんな気分になった、昨日の夜でした。
全ては受け取り方しだい、というか、自分しだいなんだということ。
なんだかとても陳腐ですけど、
怪しい外泊なんてものはない。あるのはただの「外泊」という事実であって、
自分が怪しいと思えば「怪しい外泊」だし、
怪しくないと思えば「怪しくない外泊」なんだわ。
例えば「なかなか返信のないメール」だってそうで、そのメールが、
「相手が怠惰だから返さないメール」になるのか、
「相手が多忙だから返せないメール」になるのか、
その2つは全然違うけれど、どっちになるかは全部私しだいなんだな。



今日の練習は参加人数がいつもよりぐっと少なくて、
演奏者が6人しかいないアンサンブルのような練習でした。
ブラームスを練習することは予めわかっており、
皆の前で恥をかかないよう家で個人練をして行ったのですが、
いかんせん四楽章まで全てをさらうことは不可能で、
せめて一楽章と二楽章を、とにかく頑張って練習に臨みました。

・・・そしたらね、やったの三楽章と四楽章でした。
もう、全然弾けない。
初見じゃないけど、初見ぐらいに弾けない。

まあ最後の30分くらい二楽章もやりましたが、
二楽章の中でもやっぱり私が出来るような部分は皆も出来て、
出来るところは練習しなくても良いわけだから飛ばされ、
結局、してしまいましたよ、半笑い。

出来ないとしちゃうんだ、半笑い。
だから半笑いしたくなかったんですが、今日もしてしまいました。
うー、いつか半笑いしないで練習に参加出来るようになりたい!

でも参加人数が少なかったために、
音楽の仕組みもわかりやすかったし、テンポものんびりやって頂いて、
本当に本当に本当に、良い練習になりました。
今日指導して下さった団員のエース(と私が勝手に呼んでいる)C君と、
既にほぼ完璧に弾けているのに、具合が悪い中マスクで参加して下さったIさんに、
深く感謝しております。
あのお2人、このレベルだったら練習の必要ないんじゃないかな、と思う腕前なんですが、
私のような出来ない団員を引っ張って下さって、有難い限りです。


練習後はサムギョプサル。
奇しくもイイニクの日ということで、
もう見るのも嫌!ってなる手前までお肉を頬張りました。
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自分がどれだけビオラを弾けないか、でもどれだけビオラが好きか、
ということを全然聞かれてもいないのにべらべら熱弁したりして、
でもその私のお喋りをにこにこ優しく聞いて下さった先輩方に、
これまた感謝しました。

ああこのオケに入団して良かった。
本番までまだまだだと思っているとたぶんあっという間に2月になってしまうから、
ぼやぼやしないで練習頑張ろうっと。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-29 16:22 | 日記
2014年 11月 28日
ア行
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図書館で借りた本を返す前にもう一度ページをめくると、
1回目はスルーしていた、なかなかグッとくるフレーズを発見し、
自分の中での評価を改めねば、なんて思うことがままあります。
嬉しい発見です。
ぺらぺらページをめくるつもりが、
どっぷり再読にハマって思いがけず時間が経っていたりします。早く寝なきゃ。

ちなみに今回の本のチョイスはすごく偏っており、
それは電車の中で読む本がなくなって出勤前に慌しく図書館に寄ったせいなのですが、
受け付けカウンターのすぐソバの、
「ア行」のコーナーで目に付いた本を深く考えず手に取って来ました。

浅井リョウ、阿部夏丸、天野祐吉、伊坂幸太郎。

この方法だと、普段の自分だったら進んで読もうとはしないだろうな、
という作家の本を選ぶ方が多いです。
今のところ、「読んで失敗だった。時間返せ」みたいなハズレを引いたこともないし、
面白いからしばらく続けてみようかなと思っています。


ちなみに、先日感想を書いた『桐島、部活やめるってよ』は、
二度目に目を通した時の方が面白かったです。
最後まで読んでからもう一度冒頭に戻ってよく読むと、
いろんな登場人物の、いろんな感情が、だいぶ奥行きを持って交差しているのがわかります。

前回はそこに書かれていることの全てが、
「スクールカースト」を軸にしているような気がして、
思わず私もそのことばかりに着目してしまいましたが、
そこじゃなくて、もっと、
ふとした心理描写とか、放課後の風景とか、あの頃吸っていた空気とか、
味わうところはいっぱいありました。


他に興味深かったのが伊坂幸太郎で、
私は彼が苦手なんですが、同じく伊坂幸太郎を苦手な人が、
「伊坂は苦手だが、陽気なギャングシリーズだけはよかった」
と言っていたのを思い出し、ギャングシリーズも含め何冊か借りてみました。

氏の作品の何が特に苦手かというと、
以前もBlogで書いた気がするけれど、登場人物同士の会話です。
むずむずする。
氏はよく、村上春樹の影響を受けていると言われていますが、
本人がいくら否定しようと、私もそう感じます。

村上春樹は私の好きな作家で、
たまに「村上春樹の気取った文章が気持ち悪い」との悪評を見ても、
私にはさっぱり理解できません。え、どこが?と思います。
でも、伊坂氏の文章に対するむずむず感、
これが、アンチ村上春樹の人々の感覚と似ているのかな、とちょっと理解できる気もしました。

私は村上春樹はOKだけど伊坂幸太郎はNGで、
これはもう、本物と偽者ぐらいの違いが私にとっては、あります。
(実際には伊坂氏は伊坂氏で、決して村上春樹の偽者ではないのだけど)

で、うまいんだろうけど、やはり苦手だな、
と再確認する読書体験にはなったのですが、
私も前述の「伊坂苦手派」の1人と同じく、
陽気なギャングシリーズだけは楽しく読めました。なぜかしら。
シリーズと言っても、続編が1冊出ているだけですが、もっと出て欲しいです。
ロマンはどこだ。


『広告みたいな話』は平成二年、今から20年以上も前に発行された本なのに、
さすが広告批評の天野さん、
今読んでも「そうそう、そうなのそうなの!」と、
彼の手を握り締めたくなるような文章が散りばめられていました。


阿部夏丸の『泣けない魚たち』こそは、
私が能動的には絶対に手に取らないであろう類の小説でしたが、
これがまた、読んで良かったなあとしんみり思える名作でした。

15歳の夏に友達の友達の家の近所の川に行って、
皆で魚を食べたことを思い出しました。
その友達の家は山の中腹にあって、
そもそも田舎にあった自分の家からさらに1時間ぐらいバスに乗って行きました。

運賃を降りる時に払うタイプのバスでしたが、
小銭を持っていなかった私は、
バスが赤信号で止まったらお金を崩そうと思っていたのに、
結局その道には信号機がひとつもなくて(つまり信号機がないぐらいの田舎で)、
停留場に着くまでそわそわしながら千円札を手にしていたことを覚えています。

その川で私達は、落ちていた木と石を拾ってモリをこしらえ、
アマゴという魚を獲って、火を起こして焼いて食べたのです。

時代は平成で、もう高校生だった私は雑誌CUTieを恭しく読み、
同級生よりも可愛いワンピースを着こなすことに精を出したりしていましたが、
川辺のごつごつした石の上ではそんなものどうでもよくなって、
「共存」で奮発して買った白いスカートで川の中にじゃぶじゃぶ入って、
ぎゃーぎゃー笑っていました。

『泣けない魚たち』を読んで、
その思い出が自分にあって良かったと思ったし、
そういう思い出があることが自分にとってどれだけ大切かを考えました。

そんな風に自分を投影しなくても十分に瑞々しくて良い小説なのですが、
思い出す川の匂いがあることで、
こうすけとさとるの秘密基地や、先生の語る魚の魅力が、
もっとずっと、胸に迫ったのです。

泣きたい魚はどうやって泣くのかな。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-28 14:32 | 日記
2014年 11月 27日
管理人さん
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今朝出勤がてらマンションのゴミ集積場に、
ゴマ油の空き瓶とホールトマトの空き缶を捨てに行きました。
管理会社のおじさんがゴミの整理をしていて、
おはようだとか、今日は暖かだねとか、瓶はそこに放っておけば良いだとか少しだけ話して、
ありがとうを言って駅に向かいました。

そういう小さなやり取りは私をほくほくさせます。


私はいつも友達と楽しく遊んでいるけれど、
楽しく遊んでいても、本当にコミュニケーションが下手くそだと絶望することがよくあります。
相槌もうまくないし、言葉のチョイスも残念だし、話題も豊富じゃありません。
おまけに沈黙を作る名人で、相手を困らせる嫌な才能を持っているのです。
(それを「まあそれもあなたの個性だよ」と言えるおおらかな人だけが、
私の友達でいてくれるんだと時々思う。ありがとう)

だからパーティに出掛けて、社交的な友人達を見ていると、
どうしてあんなに淀みなく言葉が出てくるんだろう、
と憧れながらも不思議な気持ちになります。
パズルの正しいピースみたいに、話している相手や雰囲気にピッタリ合って、
まさにその単語をみーんなが待ってたんじゃないかというような言葉が、
次から次に出てくるのです。
凄いなあ。尊敬。

単純に頭が良いというのとも少し違う、
ただとにかく自分には到底手に入りそうにないそのスキルは、
私をいつも不思議な気持ちにさせるのです。

あんな風に誰とでも小さなお喋りが楽しめるって、
どんなに素敵な気持ちなんだろう。

週末のお天気のこと、
海外で起こっている事件、
動物園の白熊のこと、
どんな話題になってもちゃんと引き出しの中に気の利いた相槌がしまってあって、
絶妙なタイミングでそれを取り出して並べることがもしも私にもできたら、
きっと素敵なんだけど。


まあでもこんな情けない私だからこそ、
おじさんと交わした何の変哲もないスモールトークで、
心がほくほく出来るのかもしれない。

今日はしばらく、ほくほくしていました。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-27 23:33 | 日記
2014年 11月 26日
コマ結びのA線
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会社から急いで帰ったら今日は2時間ビオラが弾けました。
シンコペーションで躓いて何度も何度もやり方を変えて練習して、
それでもいまいち仕組みがわからなくて、
こないだ先生に教えて貰ったことを思い出して「あと一歩でわかるかもしれない」
ってところまでいけたけど時間を確認したらもう9時半だったので諦めた。

週末の合奏までに、もっとちゃんと弾けるようになっていたいのに、
全然時間が足りません。

変な言い方だけど、逃げも隠れもしないでビオラを弾きたい。
あれー、できないやー
なんてへらへら半笑いするんじゃなくて、ビオラを弾きたい。

たまに合奏をしていて皆の音に自分の音が綺麗にハマると、
そこのメロディがいきなり2Dから3Dになるみたいなことがあります。

ぐわって迫ってきて、私はその「音楽の目」のような場所にいて、
あの瞬間が本当に気持ち良いです。


今夜も日付が変わるくらいの時間に帰って来た主人が、
私の作っておいたおかずを温め直してたいらげ、
あー、明日福岡出張で朝5時起きだー
とか言っていて本当にスゴイなと感心しながら、お先にベッドに入りました。
今日は寒くて足が冷たいから上手く眠れない。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-26 23:27 | 日記
2014年 11月 25日
кафе Россия
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ビオラのレッスンの帰りにロシア料理を食べながら、
どうやったらもっとビオラが上手に弾けるかということばかり考えました。

私の頭の中にはたくさんのハテナがふわふわしているけど、
先生やオケ仲間はそのハテナを少しずつ解決してくれます。

中にはほんのちょっとのコツでどうにかなることもあって、
そうかー!という、とても晴れやかな気分になります。

肘でリズムを作ろうとしてもちっともキマらなくて、
そこは人差し指でプレッシャーをかければいいんだよ、とかね。
今夜やっと弾けるようになったスラーのついた音符。

なんだ、そんなことだったのかと、わかった途端に大喜びをして、
それは例えば逆上がりや縄跳びの二重回しが初めて成功した時のようだ、
と書こうとしたんだけど、でもちょっと違う。

私は運動が苦手なので、皆がホイホイ出来ることがなかなか出来なくて、随分苦労をしました。
それこそ二重跳びなんて、必死で練習して、
ブルマを履いた脚に無数のミミズ腫れをこしらえて、
やっと成功したあの放課後、
もう日が暮れて、退屈そうに、でも義理堅く、
私を待っていてくれた2人の友達に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
達成感よりかはよっぽど、疲労感が勝っていて、
達成感なんてあれば覚えているはずなのに、これっぽっちも覚えてません。
ただただ疲れていた。
うん、あの時の気持ちとは違う。

何が近いだろう。
初めて人前で歌った時?初めてお芝居をした時?
初めて自分の話した英語が通じた時?初めて会議でうまく発言できた時?

いや、どれとも似ていない、
新しい嬉しさです。
今までたくさん嬉しい気持ちを味わったけれど、
そのどれとも似ていない嬉しさで、次の練習が待ち遠しいです。
お手上げだった二楽章がぎりぎり3割ぐらいは弾けそうな予感。
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カフェ ロシア : 東京都武蔵野市吉祥寺本町1−4−10 ナインビルB1F
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by yo54321yo54321 | 2014-11-25 23:02 | 日記
2014年 11月 24日
ヒロは第三楽章で寝落ち
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8月に行われたサマーコンサートの、
DVDが完成したので早速見てみました。

やはりうちのコンミスは美しいなあと、うっとり。

背筋を伸ばして、全身でバイオリンを弾く彼女の姿は、
女王様みたいでした。
凜として、気高くて、かっこいい。

翻って自分はというと、
思っていた半分も、弓が動かせていませんでした。
楽器を構える姿勢も悪くて、がっかりです。
想像の世界ではあともう少しだけ、私も格好良くビオラを弾けていたんだけどな。おかしいな。

そして、つい半年前のことなのに、すっかりビオラパートの音を忘れていました。
あんなに毎日練習したのにさ。
メロディはさすがに覚えているけど、
今また同じ曲を弾けと言われても弾けなさそうです。

演奏会のDVDって毎回買いますが、そういえば今回初めて再生しました。
次はオケの仲間とあーでもないこーでもないとやりながら観たら楽しそうです。

昔、阿波踊りをやっていた頃のこと。
本番後に居酒屋で打ち上げをする時、プロジェクターで上映会をしました。
あそこはもうちょっと腕あげないとさー!
とかお酒を飲みながらワイワイして、凄く楽しかった記憶があります。

もうみんないい大人だけれど学生時代の部活みたいに何かに打ち込んで、
それでプロになるわけでもお金が稼げるわけでもないけれど、
こんなに夢中になれることを幸せに思います。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-24 22:57 | 日記
2014年 11月 23日
スクールカースト
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珍しく原作以上に映画の方が評判が良いと思うのは気のせいでしょうか、
「桐島、部活やめるってよ」を読みました。
映画はキャストが豪華らしいですね。ぜひ観たいです。
でも小説も良かったです。

世間の評判通り、学生時代に誰もが持っていた気持ちをリアルに描写してある、
と途中までは思いながら読んだのだけれど、
あれ、でも、そういえば、こんなスクールカーストって実際にあったけ?という気にもなります。

私が学生だったのがもう随分と昔のことで、しかも田舎の小さな学校だったせいか、
誰が自分より上で、誰が自分より下だという空気が、
よくよく考えてみればなかったように思うのです。
現実の学校生活の中よりはむしろ、当時読んでいた少女漫画や小説の中に、それはありました。
女と女の心理戦とかさ、ドロドロしたやつ。
1つのクラスがあって、イケテル集団がいて、イケテナイ集団がいて、みたいなわかりやすいやつ。

つまり、思春期に自分自身が体験したことを思い出すというよりは、
思春期によく読んだ本の中で起こっていたことを思い出す、という感じ。
それをしばらくは、
「あー、あったあった、こういうこと。なったなった、こういう気持ち」
と自分のことのように思っているんだけど、
だんだん、いや、でも、待てよ・・・あれ、私のことじゃないや。と思い直すのです。
それが面白かった。

あるいは、実際に人間のランク付けみたいなことは、
子供ならではの残酷さで行われていたのかもしれませんが、
私は恐らく、そのカーストから自由でした。

そうだそれを思い出したおかげでわかったけれど、
きっとそのせいで、私はいつもどこにいても、アウェイな気分になるのです。
私は行きたい場所へはどこにでも行くし、
この人と話したいなと思ったら誰とでも話すし、
一見友達がたくさん、それもいろんなグループの友達がたくさん、いるっ「ぽく」見えます。
学生時代からずうっとそうでした。

でもどこにでも飛び込むけれど、どこにいてもアウェイです。

筋肉少女隊のインタビューか何かをたまに思い出すんだけど、
彼らはサマソニみたいなロックフェスに出演したかと思えば、
アニソンの祭典みたいなものにも呼ばれて歌う。
ジャンルがよくわからない。
出演イベントが多岐に渡り、どこもちゃんと盛り上がる。
でもだから、どこに行ってもなんとなくアウェイな感じがある。
というようなことを言っていました。

友達を分類するなんて馬鹿げているけれど、
たまに私もそうだと思う。
お洒落な友達、ギャルっぽい友達、真面目そうな友達、ヒッピーみたいな友達、おたくな友達、
自分もころころと変わる、どこにでも馴染もうとする、でもどこにも馴染めてない。


大人になると「自分とは」なんて青臭いことを考えなくなるけれど、
青春小説を読んだら久し振りに考えちゃった。
損してるんだか得してるんだかわからない自分の性質のことや、
でもそれは私の自意識が過剰なだけで、
別に私じゃなくたって、誰だって、
多かれ少なかれそうなのかな、とか。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-23 22:11 | 日記
2014年 11月 22日
リーダー
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高島屋のイタリアンでラザニアを食べて、
えー、これなら私が作った方が美味しいわ!と不遜にも思いました。
冬が近づいてきます。


所属しているアマチュアオケの練習で、
23歳の女の子が発揮する強いリーダーシップに常々感動している私ですが、
今日、うまく言えないけれどめちゃくちゃシビれる出来事がありました。


強いリーダーが求められる時代、なんて、
それは裏を返せば民衆が楽チンだからという側面もあります。
会社組織だったら、一般社員が。

絶対に間違わないリーダーがもしもいて、
「みんなで右に進むぞ」「次は左だ」という具合に、
全部指示を出してくれたら自分ではなんにも考えなくたって済むものね。
しかも最後にはちゃんと正しい場所に辿り着くとしたら、最高です。
最高に楽チン。

でもそれってどうなんだろう。

・・・こうなってくると、「良いリーダーとはなにか」という定義がまず必要で、
そこら辺は私の管轄外なので適当にお茶を濁そうと思います。

これは政治活動でも営業活動でもなく、音楽の話。
そりゃあ音楽を演奏する上でもきちんと自分の考えを持って、
入念に楽譜を読み解き、分析し、検討し、
「ここはこう演奏するんだ」という判断を自分で下せたら良いんだろうけど、
まぁまず、出来ません。まだまだ。

それで私は35歳になってもう半年以上も経つこんなオバサンなんだけど、
23歳の彼女の的確な指示に、いつも楽しく舌を巻いているというわけなのです。
彼女に甘え過ぎずに、自分の頭を使って考えなくちゃとも思いつつ、
でも「あなたについていきます!(はぁと)」という気持ちが全然抜けない。

彼女がバイオリンの名手なのはもちろんのこと、
指導者としても「伝わる言葉」の選び方がとても上手だし、
いつも礼儀正しくて、威張ったりしなくて、面白くて、博識で、
こんなに褒めると逆に怪しいけれど、彼女がうちのオケの指導者で嬉しいです。


今日彼女は、セカンドバイオリンの人たちに、
「そこの部分はファゴットの音をよく聴いて、合わせるように」
と言いました。

私のパートはセカンドバイオリンでもファゴットでもありませんが、
その説明がとてもわかりやすくて、
短い中にもいろんな情報が含まれていて、
しかも「違うかもしれないけど、私はこう思うんだけど、責任は負いませんけど」
みたいなもにょもにょしたところが少しも無くて、
いっそ美しくて、
あんな風に美しい指示を出せる人ってなかなかいないんじゃないだろうか、
と、もうシビれたわけです。

「そこはファゴットについていってください。
 ファゴットが間違えても、その間違えたファゴットについていって」

書くと、あの感動がうまく伝わらないや。
でも、こういう指導って、大人にだってなかなか出来ないよなあ
ってしみじみ思うのです。


高島屋のイタリアンのラザニアはいまいちだったけれど、
デザートの栗のミルフィーユはとても美味しかったです。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-22 00:08 | 日記
2014年 11月 21日
ブラームスのこと
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しゃもじをね、落としました。
まったく取れる気がしないところへ。

取れない代わりにとりあえず写真を撮っておいて、後で拾おう、
と、なぜか写真を撮り、明日の練習に備えてせっせとビオラを弾いておりました。


今度の演奏会で演奏する交響曲第一番は、
ブラームスが20年もかけて書いた曲なんだそうです。
20年間ずーっと書き続けていたわけでもないでしょうが、
初めての交響曲ということもあり、考えて考えて考えて書かれた曲ということです。

大作曲家だからと言って、
頭の中から自然にフレーズが溢れ出して、
すいすい筆が動く、なんてことはないわけです。

あ、いや、前読んだ何かの本に、
モーツァルトはそんな感じだった、あれは本当に天才だ、
みたいなことが書いてあったような気がしますがちょっと忘れました。
とにかくそういう作曲家もいるにはいるのかもしれないけれど、
ブラームスは何十年もかけてこの交響曲を書いたのです。

その成果かどうか知りませんが、
この曲のオーケストレイションには文句のつけどころがないので、
とにかく楽譜に書かれたことを素直に弾こうとすれば間違いない、
とこないだ教えて頂きました。

世の中にはたくさんの作曲家がいらっしゃいますが、
その作品を様々な角度から分析したり、評価したりする専門家みたいな人々もいらっしゃいまして、
ベートーベンだろうが、ドボルザークだろうが、
「なぜここでこんなアゴーギクを持ってきたのか」だの、
「ここの転調で、この楽器に無茶させやがって」だの、
なんやかや言われているのを、
オーケストラを始めて以来ちょくちょく耳にします。

そういう話は、私のような素人が聞いても本当に面白い。
音楽の教科書の中や音楽室の壁で澄ましてる大作曲家たちに対して、
結構な言いたい放題です。
でも言いたい放題されることで、今まで縁遠いと思っていたクラシック音楽に、
なんらかの体温が宿る気が、私にはします。

先生や、オケの諸先輩方がそういう話を始めると、
ずっと聞いていたいと思うし、
それを覚えておいて私も誰かに話したいのに、どうして忘れちゃうんだろうと、
自分の愚かな頭がうらめしくあったりもします。
きちんと覚えていられたら、ブログにも書きたいぐらいなんだけどね。

残念ながら、興味津々で聞いているわりに右から左の勢いで忘れていくのですが、
ブラームスが20年かけて交響曲を書いたことを、
「初めてだから、なめられないように頑張ったんでしょうね」
と誰かが説明してくれたのが親戚の子供の話をしているみたいで面白かったことと、
「とにかくオーケストレイションがよく出来ている」と褒められていたことだけは、
珍しく頭に残っておりました。
但し「オーケストレイション」の意味を私がちゃんと理解できているのかは怪しいです。


しゃもじ、拾わなくちゃ。
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by yo54321yo54321 | 2014-11-21 23:37 | 日記